
城里町にある石船神社は、延喜5年(905)の「延喜式神明帳」にも載っている由緒のある神社です。祭神は「鳥石楠船命(とりのいわくすふねのみこと)」、別名「天鳥船命(あめのとりふねのみこと)」で、鹿島神宮などの祭神、武甕槌命(たけみかづちのみこと)の東征に従った海運の神様だそうです。


明神鳥居には石の神額が掛かっていました。

村社の社号標も歴史が古そうです。

参道の脇に「矢ノ根石」、源義家が東国遠征の折、村人退治を頼まれた怪物に矢を射たところ、この石に刺さっていたという伝説があり、傷跡らしきものが残っているそうですが見つかりません。

灯籠も大きな石の上に載っています。

社の南側を流れる清流は岩船(いわふね)川、この川の中にある40数個の石が小舟の形をしていたので「石舟」の社号になったという話もあります。

岩船川の畔に長さ6mほどの船形の大石があり、この岩上の凹みにたまった雨水を旱魃時にさらって神に祈ると雨が降るといわれています。

苔むした石の橋を渡るとすぐ拝殿です。




さて、玉垣(瑞垣)に囲まれた中には本殿の建物はありません。

ご神体は兜石とよばれる周囲15mの花崗岩の巨石ですが、草木が生えて正確な形は見えません。

ところで石船神社の「石」の字の口の上に点が付いていました。調べてみたら他にも例があるようですが、謂れなどは不明でした。巨石信仰の対象の石なので、通常の石とは違うぞというような意味合いで先人がつけたのでしょうか??

神社の裏手にはツリフネソウ(釣船草)の群生、なぜか神社の名前に似ているような気がして撮ってみました。舟を吊り上げたような花の形から命名されたといわれ、吊舟草とも書きます。